本気で戦う大人を見たことがあるか?

「本気で戦ってる大人を見たことがあるか?」
この経験がその人の生き方や人生観を変えてくるのかもしれないな。

社会に出れば見れるか?というと、実は見ずに生きていくことも出来る。あまり人前でジタバタしないもんだしね。カッコ悪いところは誰にでも見せるわけじゃない。よく言う「白鳥の足」。

若いころに「大人は皆しっかりしていると思ってた」という幻想。どんなに結果を出す人たちもかっこ悪くもがき戦っている姿がある。表現悪いかもしれないけど、手段選ばず勝つために色々な最大限の努力をする。

戦いの結果、勝つこともあれば、もちろん負けることもある。その姿を知ることも実は大切なんじゃないかなと思う。

色々なメディアでピックアップされるのは、勝者の姿と転落の一瞬。どちらも戦う姿では無い。全て結果だけ。だから好きなこと言うよね、そこだけ見てる人たちは。

若いころにどれだけ大人の「本気」を知るか、それって凄く大切なのだよ。

そう考えると、組織の中で終えるよりも、色々な世界を見るべきだろうな。生きているのであれば。
組織を経験して知ることも大切だと思う。でもそれ以上に「自分が触れる世界の外にも沢山の世界が広がっている。むしろそちらの方が広い」ということを、どれだけ早く知ることが出来るか?だよね。

都市の変化と経済と文化と生活

昨日、CETエリアでのシンボルとしての場が、またひとつ灯りを消した。これも変化の一つで、変化が無いのも停滞な訳で、新たな扉としての締めくくりなのだと自分を納得させたりしている。

そのクローズの場で「以前トークを聞きに来ました」という方と会って、少し話をしたのだけれども、その時「CETエリアもアーティストが入り込んで注目を浴びたからマンション増えたのでしょうか?」という問いを受け、「違う文脈ですね」と答えつつ、色々と自分なりに考えてみた。

上のストーリーについては、NYの「SOHO」や「DUMBO」を指している話なのだけれども、NYの2地域は衰退した街に安い家賃を理由にアーティストが住み活動を始めたことで、文化的にピックアップされた上で様々な商業的な活用があって盛り上がった(ざっくり)というカタチと個人的に見てる。商業的に活用されたって見ることも出来ると思う。

CETエリアの流れは?

CETエリアも歴史的には「問屋街」という機能を持った地域であって、時代の流れからその問屋という機能はカタチを変えていく中で、物理的な空間を必要としなくなったり、世代交代の中で空いたビルや部屋が増えていたのが2003年前後かな。

そこで僕らが街に出会い、その空き空間を使いながらイベントをして、その延長で自分たちに合った空間を見つけた人たちがアトリエや事務所、店舗、住居を持ち始めたのが2009年頃かな。本当の初期は、OPEN Aの馬場さんが事務所を構えたのが2003年。その隣にCET的な温度を持った場所として「bigote(今はコレドの裏にある)」が出来たのが2006年9月。

CETエリア内には倉庫としての機能も持った小柄なビルも多く、適度な広さに必要十分な天高という理想的な場所として、ギャラリーが入ったりも同時期。

そもそもスペック的に優れたエリア

CETエリアは、ここ2〜3年でマンションが乱立。仮囲いには「完売御礼」の文字が踊るので売れ行きは良い。その上で、このマンションが売れる理由に「文化的な価値の高まり」があるかといえば、それは全く無い。

マンション販売の謳い文句は「地下鉄路線の数」「東京のど真ん中」と「神田や日本橋」という歴史的ブランドという感じ。「歴史」部分に「文化」は触れていそうだけれども、実際には上っ面だけの薄っぺらい謳い文句だったりする。

このマンションの乱立に「文化」は関連していない。それより都心部の一等地が開発に取り残されたままだっただけ。ちょうど先の「問屋機能の変化」「世代交代」が重なり、大型の土地も手に入れやすい状況もできていた。
東京オリンピックもあって、都内の土地バブルはあっという間に広がった。スペックを見る限り売れない理由は無い。これは住んでる立場からの実感値。

話は変わり。。。

大手による土地の買い占めは終了。新規の建築計画は残るものの、ちょっと色は変わってきそうな予感。

一方で実質投資用の物件だった為か、賃貸の飽和が始まりつつあるのか、ここ数ヶ月で都内の家賃の低下が見え始めたとも聞く。借り手の無い投資物件の家賃下落は想像以上に早いかも。

適度な広さのビル物件は、用途変更も含めて活用方法に広がりがあったけれど、オートロックで制御された住宅マンションの空洞化は、違法的な場となる危険性もある。オーナーも地域平均より高い金額で借りてくれるならと、審査甘く入れてしまうのは、投資物件として見れば起こりうる流れ。これ、地域としても恐いけど、一番の被害者は同じマンションに住む住人。

ちょうど火曜日にそんな話を千代田区の方々とした。起こらなければ良い事ではあるし、先に何らかの対策はあっていいと思う。なにより地域のコミュニティの強化は治安だけでなく、ブランドにも繋がる。

さて、家賃崩壊と聞くこの先にどんな未来が待っているのか?

大学での授業を考えながら、学生達の気持ちを汲み取ろうとしてみたり。

荒川さんから教えてもらって興味深く読んだり、ふむふむと納得したり。

Chikirinの日記
2015-08-02最初に働く場所の選び方
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/touch/20150802

で、「あー、そうだな」と自分なりに解釈したのは、、、
社会に出た時に「何大学出身ですか?」なんて聞かれること無くて「何が出来ますか?」だよなと。

学生時代、特に大学生までは「学歴」と周りに言われ続けて頑張った結果の中に今の存在があるから「学歴」を信じたいだろうけれど、まぁ社会出て「学歴関係ない」と気付く瞬間ってあるよね。
結局「あなたには何ができますか?」なんだよね。

この問いは常に突きつけられる訳で、それにどう答えを持つか?ということが、ここにある35overの差かもしれないなと。

“どこで働いても専門性を身につけられる人もいれば、どこで働いても、たいして専門性が身につかない人がいる”

これだよね。
普段から「なぜ?」「どうして?」が無ければ、観察することもないし、違いに気づかないこともある。ましてや、スムーズに進行し続ける背景にあるシステムの素晴らしさに気づかなければ、進化も何もないよ。

最初に入るべき会社は大手であるなら、入ってからこそやるべき事がある訳で、消費じゃ無いけどシステムに飲まれたら、ただ受けた仕事をこなして終わり。
特に大手でなくても、「組織」という部分は学ぶべく接しておくと良いと思う。もちろん『就職』でなくても得られる経験でもあるとは思うけれど。

まぁ、全ての物事に「疑問」を持つことが自分の進化の一歩だと思う。

授業からのアウトプットを試みる

この春から東京工科大学で授業をひとつ持つ機会を得た。その報告を周りの人達へしていると、友人のライターから「授業を全てアウトプットするつもりで、まとめ上げる事が大切」「一冊の本にまとめるように」とアドバイスを受けた。

この気持ちを持ちながら毎回授業へ臨むと決めた。ただ、単発で授業へ呼ばれることはあれど、シリーズとして受けるのは初の試み。
何から手を付けるべきか、毎回授業の準備でドタバタしてしまっている。

今はこの「一冊の本にまとめる様に」という言葉の中に、多くのヒントがあるなと感じている。大切な言葉をくれる友達に、本当に恵まれていると思った。

授業の準備で見えなかった部分として、教壇に立つと席に座る生徒の心境が全くと言っていい程に見えなかった。物理的な距離感も関連すると思うのだけど、表情含めて観察が追いつかない。相手にする人数が20名を超えると情報量が多すぎてしまう。
丁寧な対応を考えると、ここから対策は必要だと考えている。

ひとつ決めたことは「自分が大学生時代に習いたかったこと」を教えたい。それが全体を通しての僕の個人的なテーマ。

正直「彼ら(彼女ら)が何が分からないのか分からない」という状況ではあるのだけれど、年齢にして倍違う訳で、そこでただ過ごして感じている経験だけでもその物量は倍違う。分からない事の方が多いだろうと想像する。

教えるこちらも手探りだ。

実際自分自身が大学生の頃の気持ちを思い出したいと思うけれど、既に20年以上の時が経ってしまった過去。無理やり思い起こせば、もがきながら色々な物事にぶつかり、無駄に悩み、答えを探している日々だったと思う。

大人の言うことをいちいち疑い、でも自分で答えを見つけられず。そんなことの繰り返し。学校でも日常でも、家でも、バイト先でも。恋愛も楽しい時期だったな。

時代変われど、そんな状況であろうと考えた上で、僕自身が伝えたいこと、与えたいヒントになりうる何か。そんなモノをブラッシュアップしていくことが大切だ。

学生時代は社会との距離感を感じながらも、実際に外に出てみると思う以上に隔たりがあった。というのが社会に出た時の個人的な感情。卒業と共にこんなに状況が変わるとは思わなかった。

逆を言えば、学生時代からもっと社会と接して、その中に入り込む事で出来ることが沢山あったと思う。「学生」ということではなく「人間」として。
【「学生」という肩書を取った時、自分が何を語れるのか?】これを学生時代から持てたら、最強である。と思う。

このアタリの気持ちの距離感を上手く縮めることをしてあげたいと思う。

社会に出た時に使える武器。それがその一つになると思っている。

短期間で消費されない魅力を持ち続けるということ

先日面白い女性に会った。

活動の幅は広いのだけど、主にクラブなどのイベントを企画運営している。また実家が飲食店ということもあって、ケータリング料理なども担当するらしい。写真を見ると盛り付けも元気よくてセンス良かった。

好奇心の塊のような人で、フットワークだけでなく愛想も良くて仕事ができる。一目見ただけでも好感度は高い。彼女のイベントのサイズは様々で、ヒルズタワー系のホームパーティーなども請け負うことがあるという。

景気の良いパーティーでは「君のために部屋を借りてあげよう」とか「自由に使えるカードをプレゼントするよ」なんて甘い言葉もあるらしい。

でも、彼女はそれを全て断るという。それは「相手の期待する見返り」を嫌うのが理由と思ったのだけど、そうではなかった。

「甘い誘惑を受けても受けても良いんです。ただ、甘えている時間は良いとして、捨てられた時に『何も出来ない馬鹿な自分』が残ってしまいますよね。

そうした声が掛かるのは今の私が若いからであって、いずれもっと若い女の子が現れたり、飽きが来れば簡単に捨てられてしまいますよ。

甘えている時間は時間が止まる。若い時ほど無駄になりがちで、歳を重ねるほどにスキルを得るのは難しい気がしていて…。もしかするとそうでは無いかもしれないけれど、得たものは全て自分のモノになる。それは無駄な時間にならないですよね。

一人で稼ぐスキルを身に付ければ、いつだってお金を稼ぐことが出来ますよね?自分が使うお金は自分で稼ぎたいんです。

だから甘い誘いを断るんです。そんなのたぶん若い時だけだし、可愛い以外のスキルを持てれば、もっともっと稼げますよ。(笑)」

目の前であどけなく笑う女の子は20代に入ったばかりなのだから驚いた。

そんな彼女の話を聞きながら考えてたのは「誰にでも当てはまる話なのかもしれないな」ということ。持っているスキルひとつを武器にしたところで、簡単に消費されて終わってしまう。

一時的な需要にチヤホヤされる時間は良いけれど、それに甘え溺れることで失うモノは大きいかもしれない。常に新しいスキルを身につけ続けること、追い続けること、磨き続けることが大切なのだと教えられた。

「私には夢は無いの。全て目標か予定だからねっ」と笑顔で続けて、こちらもつられて笑った。

次に会う時はいったいどんな女性になっているのだろう。久しぶりに面白いと思う人に出会った。

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